SHO STIMEの年齢や身長は?スキーで日本代表に!ラッパーとして人気!

アルペンスキー日本代表!

SHOさんは岐阜県飛騨高山で生まれ、スキーをするには最高の環境で育ちました。そして、5歳の頃から父親と兄の影響もありスキーをはじめました。

父親に教えられスキーをはじめましたが、めきめきと成長していき17歳でジュニア日本代表に選ばれ、19歳の時には日本代表となったのです。

2016年10月13日に放送されたテレビ番組「田村淳の地上波ではダメ!絶対!」という番組にSHOさんは出演し、スキーヤーだった時の画像を公開しました。

現在の姿からは想像もできないくらい、当時は爽やかだったSHOさんは軽やかにスキーをする姿の画像が公開されています。しかしSHOさんのスキー選手時代は怪我によって閉ざされてしまったのです。

21歳で大怪我をオリンピックは断念

SHOさんは21歳の時に練習中に大怪我をしてしまったのです。オーストラリアの山の中で、大転倒してしまい、左足の股関節を脱臼して骨が外れるという大怪我を負ったのです。

病院では足が壊死してしまったら、足を切断しなければいけないとまで言われてしまったのです。幸いなことに壊死することはなく、切断することはせずにすみました。しかし、現在でも左足は右足に比べて2㎝くらい細いそうです。

怪我の後、1年くらいリハビリに励み復帰し、選手としての活動も再開しました。国内レースで優勝もしたのですが、日本代表には戻れなかったのです。

国体で優勝もし、アジア大会で4位という結果も残し、トリノオリンピックの強化指定選手にも選ばれたのですが、オリンピック選手の内定は貰えることができなかったのです。

そこで、アルペンスキーを断念することとなったのです。

その後、ラッパーに転身

SHOさんは高校生の頃から、2PACとかビギー(ノトーリアス・B.I.G)、ジャ・ルール、DMX、ネリーとかを聴いていたそうです。聴くきっかけとなったのが、高校1年生の時に父親が癌でなくなったときだったのです。

ずっとスキーを教えてもらっていた父親が亡くなり精神的に落ち込んでいた時に、たまたま2PACのCDを買って聴いていると、精神的に落ち着き強くなれたそうです。

そして、スキーを辞めたときに今度は自分がラッパーになってたくさんの人にパワーを与えたいと考えて、ラッパーに転身をしたのです。

CDを手売りしていた?

SHOさんがラッパーに転身し、2008年には初めて「RIZE&PEACE」というアルバムを発売しました。しかし、思うようにアルバムの売上も伸びなかったのです。

そして、路上で手売りをしたりと懸命に活動をしていました。このころに、ただ路上で手売りしているだけではダメだと思うようになり、路上でなにか面白いことをやりながら、それを動画に撮りYouTubeに投稿することで、話題になればと思いYouTubeをはじめたそうです。

「ビートたけしのTVタックル」に出演し話題に

SHOさんといえば、「ヤクブーツはやめろ」という曲が有名となっています。この曲はもともとO.T Genasiという黒人ラッパーがコカインのことを歌った「I’m in love with the coco=コカインを愛している」の部分を「ヤクブーツをやめろ」と歌ったのです。

そして、2015年11月2日に放送された「ビートたけしのTVタックル」で、社会派ラッパーとして「薬物はやめろ」の曲が取り上げられたのです。それがこちらの動画の曲です。

この動画は現在までに540万回もの再生回数を突破しているほどの人気となっています。これだけでもSHOさんへの注目度がわかります。

清原和博選手の釈放時の活動も話題に

そして、清原和博選手が覚せい剤で逮捕され、釈放されたときに現場まで行き、拡声器を持って「ヤクブーツはやめろ」と叫んだのです。

この動画も瞬く間に拡散されて、一躍「ヤクブーツはやめろ」の人となり話題となりました。

清原和博選手の釈放の時に、SHOさんが「ヤクブーツをやめろ」と叫んだことで、SHOさんのことを知ったという人も多くいたのです。

このように、SHOさんは路上などで薬物反対運動をしていることでも有名となっています。大麻がダメな理由として、SHOさんは「体に悪いわけではないが、オススメはしない。逮捕されたら愛する人や仲間、家族に寂しい思いをさせる。そして大事な時間を無駄にする」と話しています。

SHOさんが薬物の反対運動をし、語りかけることは、若者たちの心に響いているようです。

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